哲学者マイケル・ポランニーは、「人間は言葉で表せる以上のことを知っている」と主張しました。「ポランニーのパラドックス」と言われるものです。「言葉で表せるもの=形式知」と「経験的に使っている知識だが簡単に言葉で説明できないもの=暗黙知」について提唱しています。
今回は、敢えてこの内の「形式知」について考えてみたいと思います。
形式知に関する人からAIへの代替の話は、昨今のAIブームにおいて良く語られている内容です。例えば、家計簿や伝票処理、記帳や請求書作成、データ入力や単純資料の作成など作業内容に一定のパターンがあり、マニュアル化ができるものは、人がやらなくてもコンピューターによって代替することが可能というものです。
特に現在の日本の少子高齢化を受けて、働き手がどんどん不足していく時代においては、定型の仕事や形式知にできるものは、人がやらずに自動化せざるを得ません。
ただ、これは評論家の人達が口で言うほど導入は簡単ではありません。
なぜならば、現場で実業務している人も自動化のシステムを導入しようとする管理者も「ここからが定型業務」「ここからが非定型業務」と判断できないことが多い為です。
その結果、色々な分野の自動化っぽいシステムを既存の業務プロセスの中で、バラバラと管理者が導入し、実現場では生産性も効率もたいして上がらず、スタッフは覚える事が増えるだけで、お客様とのコミュニケーションが減り、顧客満足度も下がるという悲劇が往々にして生じます。
例えば、ホテルにある「自動チェックイン機」ですが、これが機能するかどうかはホテルによって異なります。
都心部の主要駅の近くのビジネスホテルであれば、海外や国内の1泊から2泊ほどのビジネスマンや観光客が多い為、自動チェックイン機は活躍します。なぜならば、宿泊パターンが定型でかつ、決済も現金かカード、事前決済もしくはQR決済と限られ、宿泊日数の変更や予約者と宿泊者が同一であるからです。一方、工場などの産業に近い場所でのビジネスホテルであれば、10泊から30泊ほどの長期滞在者や工場従事者などが多くなる為、自動チェックイン機は活躍できません。なぜならば、宿泊人数も団体であることが多く、予約者と宿泊者は同一でなく、宿泊中での宿泊日数の変更も多くあります。更に決済も売掛請求や、泊数毎の都度支払など複雑になるため、自動チェックイン機ではたとえ全ての機能を持っていたとしても時間がかかりすぎてしまいます。
他にも、スーパーなどで導入されているセルフレジの事例があります。最近では、購入者が自身で商品バーコードを読み取り、会計まで行うセルフレジが多くありますが、実際の効果検証の結果は微妙なようです。なぜならば、商品バーコードの読み取りを慣れていない購入者が作業する為、読み取りミスや入力ミスも多く発生し、その度に結局はスタッフが対応することになっています。更に、購入者の作業時間は当然遅いので、列に人も並んでしまう為、結果通常のレジに並ぶようになってしまいます。
実際に最も効果的な設置方法は、商品バーコードの読み取りはスーパーのスタッフが行い、後半の会計だけセルフレジにすることのようです。
なので、AIやコンピューターによる自動化・人の仕事の代替を行う上で、最も重要な仕事は、業務プロセスを意味のある細かい粒度に因数分解できて、「ここからが定型業務として妥当(効率的)」「ここからが非定型業務として妥当(効率的)」と形式知を構造化できることだと思います。会計業務は定型業務で、サービス業務は非定型業務などと雑な切り方で分類しても、現場ではまるで使い物にはならないということです。